放送大学の岩崎久美子です。科学研究費補助金(研究代表者:立教大学教授中村百合子先生)の助成を受け、2026年2月にリヨン第三大学のアンジェル・スタルデール(Angèle Stalder)先生による講演会が開催されました。本記事は、その報告です。

1.スタルデール先生の講演が開催される
スタルデール先生の日本滞在は約一週間でしたが、その間に二度の公開講演会を実施していただきました。それぞれの講演会のタイトルは次のとおりです。
・「若者の読書習慣:モラル・パニックと文化的変容の間で」(2026年2月13日(金)開催、於:日仏会館)※日仏会館フランス国立日本研究所との共催
・「リヨン第三大学におけるドキュマンタリスト教員の養成」(2026年2月15日(日)開催、於:立教大学)
案内文はこちらです。
スタルデール先生は、リヨン第3大学のドキュマンタリスト養成課程の責任者です。
フランスの大学は、学生や労働者の大規模な抗議活動がなされた1968年の五月革命後、高等教育改革が行われ巨大大学が分割されました。単一の総合大学であったリヨン大学も分野別に三つに分割されました。リヨン第1大学が自然科学や医学、リヨン第2大学が人文・社会科学、リヨン第3大学は、法学・経営学を中心に、人文学や情報コミュニケーション分野も含む大学として分野ごとの特色をもつ形で再編されました。スタルデール先生が教鞭を取っているのは、リヨン第3大学ですが、ドキュマンタリスト教員の養成が教育学の置かれているリヨン第2大学ではなく、法律、経済などの実務的な学問領域を扱うリヨン第3大学に置かれていることに個人的には関心をひかれました。
フランスでは、教員資格を有するドキュマンタリスト教員以外に、ドキュマンタリストは、情報・資料の収集・整理・活用、著作権や情報倫理などの法的情報も含む情報管理など、企業や行政などの組織での情報活用の専門職としての活躍を期待されているようです。そのことと関係があると思われます。
2.若者の読書文化は消滅したのか、変容しただけなのか
一つ目のスタルデール先生の講演は、モラル・パニックという社会学理論に基づくものでした。「モラル・パニック」という言葉は、イギリスで長く教鞭をとった南アフリカ生まれの社会学者スタンリー・コーエン(Stanley Cohen)が半世紀以上前に書かれた著書『Folk Devils and Moral Panics』(1972年)で提出した概念でした。
コーエンの著書のタイトルにあるFolk Devils(フォーク・デビル)とは、社会秩序を脅かす存在として構築される集団やスケープゴート化された集団を意味し、そして、今回のスタルデール先生の講演タイトルにもあるMoral Panics(モラル・パニック)とは社会的価値や秩序が脅かされるとする不安が過剰に広がる現象のことを指します。
スタルデル先生は、この「モラル・パニック」論に基づき、若者の読書習慣の変容についてお話になられました。
若者の読書は減少したといわれ、それは万国共通のようです。しかし、スタルデル先生の主張は、若者が読書しない存在(フォーク・デビル)として一括りにされるものの、若者は「バンド・デシネ」(bande dessinée)、映像やデジタル文化などの多様性の中で、実際には読書を行っているというものです。この主張の論点は、読書文化そのものが消滅したのではなく、多様化、変容していることを理解すべきだという点にあります。
その内容は、従来の読書観を問い直す刺激的なものであり、読書の定義をめぐって新しいメディアをどう取り上げるかという問いを投げかけるものでした。スタルデール先生の講演を聞いて、日本においても、あらためて新しい時代の「読書」の定義を議論する必要性を感じさせられました。
3.ドキュマンタリスト教員養成制度が変わる
二つ目の講演は、フランスにおけるドキュマンタリスト教員の養成に関するものでした。冒頭、2のフランスの中学校や高校のドキュマンタリスト教員の人数(11,734人)、性別(女性が86%)などの統計データ(2024年現在)、歴史、任務、養成制度などがわかりやすく紹介されました。
今回の講演で驚いたことは、フランスでは、今年(2026年)9月の実施に向けて、ドキュマンタリスト教員を含む教員養成制度改革が進められているということです。
従来、ドキュマンタリスト教員を志望する者の就職に至る過程は次のとおりでした。つまり、修士課程(主に「国立高等教職・教育学院」(INSPE))に入り、修士課程2年目に「中等教育教員資格試験(ドキュマンタシオン分野)」(CAPES de documentation)を受験、合格すると「研修生」として中学校や高校の現場で勤務しながら、引き続き修士課程での養成・研修を受け、修士課程修了後正式採用(titularisation)となるというものです。
フランスのドキュマンタリスト教員養成については、日仏会館図書館に勤務されている山根沙織さんの下記をご参照ください。
今回の教員養成制度の改革の目玉は、学部・大学院の一体化した専門職養成モデルへの転換にあります。ドキュマンタリスト教員養成もこの改革で一般の教員と同様に、資格取得のプロセスと養成の位置づけが大きく再編される方向に動いています。その背景には、日本と同様にフランスにおいても教員志望者が減少していることや養成期間が修士課程までの5年間と長期化していることが問題視されてきたことがあるようです。
フランスでは、長期にわたる教育投資を行っても教職に就ける保証がないことが、学生の将来の不安につながっていると指摘され、学部段階で国家試験(採用試験)を実施し、教員としての身分保障を与えた上で、給与を受けながら専門修士課程で養成を行う方向が検討されているとのことでした。
教職を魅力的なものにするのに、フランスでは本腰を入れているということでしょうか。
二つの講演を聞いて、実際の当事者の講演を直に聞くことの重みを感じました。書籍やインターネットで取得する情報とは格段の意義がありました。
二つ目のドキュマンタリスト教員の養成に関する講演に出席された根本彰先生が、図書館情報学の専門家の立場から、「フランスの学校図書館(CDI)と司書教諭(PD)の現在とこれから」とのタイトルでブログを書かれております。そちらもご覧ください。

