
フランス・ナントにおける青少年読書支援活動
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宮澤篤史です。これから「多文化サービスと多文化共生」というテーマで連載をしていきます。本連載では、公共図書館を対象に社会学的研究を行う筆者が、多文化サービスの歴史や展開、日本国内外での実践例、および研究動向を紹介しつつ、「多様性/ダイバーシティ」や「多文化共生」ないし「多文化主義」といった言説・取り組みへの批判的視点についても述べていきたいと思います。第1回となる本文では、多文化サービスの理念と原則について概説します。
グローバル化が進み、国籍、民族、言語、宗教など、日本に暮らす人びとのバックグラウンドはさらに多様化しています。法務省の統計によると、日本に暮らす外国籍住民は288万人を超えており(2020年末時点)、いわゆる「ハーフ」の人びとなど、外国籍という条件では統計上可視化されない市民も含めれば、その数はさらに大きくなると考えられます。また、文部科学省の発表する「日本語指導が必要な児童・生徒」数は、外国籍児童・生徒で40,755人、日本国籍児童・生徒で10,371人(ともに2018年末時点)と上昇し続けており、多文化・多言語化への学校現場での対応も迫られています。このように、日本社会の多文化・多民族化は今後の未来予測ではなく、過去から続く現在の状態なのです。
この社会状況に対応する図書館サービスが「多文化サービス」です。国際図書館連盟(IFLA)には多文化社会図書館サービス分科会(Library Services to Multicultural Populations Section)が結成されており、日本図書館協会には多文化サービス委員会が置かれ、取り組みがなされてきました。また、図書館情報学研究者の小林卓氏(故人)や、同氏が中心となり発足した多文化サービスに関する研究・運動団体である「むすびめの会」(図書館と多様な文化・言語的背景をもつ人々をむすぶ会)を代表として研究が蓄積されてきました。
多文化サービスとは、地域社会の民族的、文化的、言語的多様性を反映した図書館サービスを指します。図書館における多文化サービス概念が発展したのは1960年代から1970年代にかけてのことで、アメリカや北西ヨーロッパ諸国、オーストラリアなどの国々を中心に発展してきました(小林・高橋,2009)。19世紀末から20世紀初頭にかけてアメリカに急増した移住労働者への図書館サービスが嚆矢ともいえますが、当時のそれはアメリカ社会への「同化」を目的としていた点で、現在展開される多文化サービスの理念とは異なっているといえます(この点に関しては後続の回でも言及します)。日本では、民族的・文化的・言語的差異を理由にした図書館利用上の不利益があってはならないという考えに基づき、障害者サービスとの関わりのなかで発展してきたという経緯があります。
多文化サービスの実践例は例えば、利用者の母語での資料提供、相互理解に向けた利用者どうしの交流促進プログラムの実施、多言語でのおはなし会、多言語・「やさしい日本語」での館内表示作成などが挙げられます。より具体的なイメージをつかんでいただくために、後続の数回で多文化サービス実践の具体例を紹介します。
では、多文化サービスはどのような理念や原則のもと実践されているのでしょうか。
図書館情報学者の小林卓(1995)は、多文化サービスの根底理念として、
の3点を挙げています。
また、2008年に国際図書館連盟(IFLA)と国際連合教育科学文化機関(UNESCO)が発表した「IFLA/UNESCO多文化図書館宣言」では、多文化サービスを進める図書館(多文化図書館)の原則を以下の4点としています。
「多文化図書館の原則」「IFLA/UNESCO多文化図書館宣言」より引用
多文化図書館のとる基本的な姿勢は、多様な利用者に対して差別することなく、ニーズに基づいた適切な言語での情報提供を行うことにあります。これら理念、原則にある「すべての住民」「コミュニティの全構成員」ということばからは、多文化サービスがマイノリティ住民に限定せず、マジョリティ住民をも対象とするという含意を読み取ることができます。日本の文脈でいえば、多文化サービスは「外国人」住民のみならず、「日本人」利用者をも対象に含んでいます。また、地域コミュニティの多様性を反映した図書館職員を採用することも求められています。
さらに、同宣言に基づく多文化サービスに向けたガイドラインでは、図書館が教育、社会的関与(social engagement)、国際理解において重要な役割を担うことを踏まえたうえで、学習センター、文化センター、情報センターという三つの観点から多文化図書館の役割を以下のように示しています。
「多文化図書館の役割」『多文化コミュニティ――図書館サービスのためのガイドライン』より引用(pp.11-12)
以上からは、適切な形態での資料やプログラムの提供により、地域社会における市民が双方向的に学び、相互理解を進めていくことが多文化図書館に期待されていると理解できます。あらゆる背景をもつ利用者によるそのような学びは、図書館が異なる文化にスポットライトを当て、その存在を社会的に可視化することによって可能になるのです。
第1回ではここまで、多文化サービスについて宣言等を参照しながら定義的に確認してきました。第2回では、多文化サービスがどのように展開してきたのか、その歴史を概説します。
参考資料:
法務省出入国在留管理庁,2021,「令和2年末現在における在留外国人数について」法務省出入国在留管理庁,(2021年6月30日取得,http://www.moj.go.jp/isa/publications/press/13_00014.html).
IFLA, 2018, “IFLA/UNESCO Multicultural Library Manifesto,” (Retrieved July 12, 2021, https://www.ifla.org/node/8976?og=73).
――――, 2021, “Multicultural Communities: Guidelines for Library Services, 3rd edition,” (Retrieved July 12, 2021, https://www.ifla.org/publications/multicultural-communities-guidelines-for-library-services-3rd-edition).
小林卓,1995,「多文化社会図書館サービス」『現代の図書館』33(3): 216-221.
小林卓・高橋隆一郎,2009,「図書館の多文化サービスについて――様々な言語を使い、様々な文化的背景を持つ人々に図書館がサービスする意義とは」『情報の科学と技術』59(8): 397-402.
国際図書館連盟多文化社会図書館サービス分科会編・日本図書館協会多文化サービス委員会訳,2012,『多文化コミュニティ――図書館サービスのためのガイドライン(第3版)』日本図書館協会. 文部科学省,2020,「日本語指導が必要な児童生徒の受入状況等に関する調査」,e-stat政府統計の総合窓口,(2021年6月30日取得,https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&layout=datalist&toukei=00400305&tstat=000001016761&cycle=0&tclass1=000001140106&tclass2val=0).