多読学習とは
日仏会館図書室に勤務する佐野みどりです。
近年、外国語運用能力の育成が重視されるようになるのにあわせて、外国語学習の多様化が進んでいます。その中の一つとして外国語の多読に注目が集まってきています。多読とは、自分のレベルに合ったやさしい本から読み始め、辞書に頼らずにたくさん読むことで、外国語を自然に身につけていく学習法です。すべての内容を細かく理解する必要はありませんし、レベルが合わない、面白くないと感じた場合には、無理に読み進める必要もありません。大切なのは、楽しみながら読書を続け、自然な形で外国語に親しむことです。こうした取り組みを支援するためにいくつかの教育機関では、多読をしやすいように図書館の本や環境を整える動きが広がりつつあります。

フランスにおける多読
日本では、外国語の多読教育を取り入れる際にはGraded Readers(GR)が便利だと考えられているようです。GR は、語彙をレベル別に制限した英語学習者向けの教材で、どの本から読み始めればよいかを判断する際の指標として役立ちます。
一方で、フランスにおける多読的な取り組みは、日本で行われているような外国語学習の方法としての多読とはやや位置づけが異なるように思えます。フランスにおける多読教育とは、新しい言語を学ぶための手段というよりもむしろ、子どもたちが幅広い読書体験を通して習慣的に読書に親しむことを促す、より包括的な教育活動として位置づけられているようです。

フランスにおける多読という考え方には、エリート主義的な伝統に対抗し、だれもが読書・情報・文化遺産にアクセスできる社会をめざす背景があったそうです。かつてフランスの図書館は、資料の保存を中心的使命としており、建物の設計や蔵書構成、職員の養成も、主に学術利用を前提としていました。また、共和制学校初期の読書教育は、学校における教科書中心の古典偏重、テキストの断片の精読(lecture intensive)に依存しており、文学遺産の価値を伝える一方で、自由な読書活動は制限されていました。したがって多くの子どもたちは、本を読むという行為を自分とは関わりのない刺激の乏しい実践として受けとめるようになり、その結果、読書そのものを楽しむことが難しくなり、途中で挫折してしまうことが少なくありませんでした。

フランスにおける図書館改革
学校の教師たちが主として少数の作品を深く読む「精読型」「分析型」のモデルにとどまっていた一方で、フランスの図書館員たちは、英米圏の影響を受けて、広く多くの本を自由に読む「多読型」の読書を実務に取り入れようと試み始めました。あらゆる種類の読者に開かれた、自由に利用できる図書館が増え、1980年代以降「すべての本を、すべての読者へ」という理念の下、読書環境の改善という課題は広く合意を得るようになり、政治・行政の議題に取り上げられ、社会のあらゆる領域で扱われるようになりました。

子どもと読書の関り方を見直そうとする中で、図書館司書たちは、読者を育てるための教育的な方法や、読書を拒む社会的・心理的な理由を深く理解する必要に迫られました。というのもかつては、図書館や本を増やせば、子どもは自然と読書に向かうだろうと信じられていました。しかしながら、研究によってそれが誤りであり、読書環境が整っても書物文化への社会的距離は簡単には埋まらないことが明らかになったのです。学校や自治体が努力をして読書環境を改善しても、成果は十分とは言えなかったため、関係者は「本や図書館の魅力を高めるだけでは不十分」であることに気づいたのです。
結果として、図書館司書たちは、子どもと読書を結びつけるために、「どのような本を提供するか」だけでなく、「どのようにして読書を子どもたちの日常の活動と結びつけるか」という点にも目を向けるようなりました。つまり、彼らは子どもと本をつなぐ社会文化的な仲介者としての役割を担い、公共図書館の読書環境を社会の変化に合わせ、人々が求める娯楽や学習、情報収集といった多様なニーズに応えられるものへと変えていこうとしたのです。図書館員たちは読者により自由で柔軟な読書を促しました。たとえば、多くの本を気軽に読むこと、自分のペースで素早く読めること、最新の情報にアクセスできること、場合によっては実用性を重視した読書などがそうです。読書を決して堅苦しいものとしてではなく、日常生活の中の必要や興味、欲求に寄り添う行為として位置づけ、読者がより身近に本と関われるように働きかけました。これこそがまさしく、フランスの多読(lecture extensive)のベースと言えるでしょう。
フランス社会に根付く読書文化
このようにして、学校教育も次第に図書館や文化機関が示す読書実践や社会的要請を反映する方向へと変化していきました。以上のように、フランスにおける多読活動とは、単なる外国語教育の手段にとどまらず、子どもたちの知的関心に基づき、自分自身の文化や読書への興味を育む教育として機能しているといえるでしょう。
ところで、個人的な印象ではありますが、フランスでは日本よりも本を読んでいる人を多く見かけるように感じます。“Boîtes à livres ” や “Bookcrossing ” のように、ベンチやカフェ、図書館といった屋外スペースに本が置かれていることからも、人々の生活のなかに読書が身近な習慣として根付いていることがうかがえます。こうした取り組みは、若者の読書習慣としてもしっかりと定着していることの表れなのかもしれません。同様の視点は、日本の外国語教育においても従来の文法訳読式が単語や文構造の正確な理解に重点を置いていたのに対し、現在では学習者中心の読書文化を育てる多読教育へと広がりを見せています。
参考文献およびサイト
林剛司『英語は「多読」中心でうまくいく!』ごま書房新社, 2006.
Butlen, Max(2004)「Lire en bibliothèque, lire à l’école : oppositions et interactions」『Bulletin des bibliothèques de France (BBF)』49(1), 2004, pp. 5-10.(参照日:2025-12-10)
ロマン・ジョルダン=大塚「京都外大におけるフランス語多読プログラムの成果(2021–2025)」『Gaidai Bibliotheca』第244号, 2025年12月, pp.19–20.

